田電

■いま
STUDIO VOICEが9月号で休刊するらしいの。
なんとなくショックです。STUDIO VOICEがなくなるなんて思いもしなかった…。
中学生から読み始め、今も結構読んでたのになー。こないだのミニマル特集はよかったよ。
サブカル系のweb(CINRA.NETとか?)にスライドしていくのかな?
サブカルってなんだよって感じだけど、STUDIO VOICEが扱っていたものは非常に良心的な
オタク情報の集積と歴史だったような気がする。その積み重ねは、もはやインテリと言ってもいいくらいに、ある程度網羅的で、ミーハーにも、ちょっとした玄人さんにも読める間口だった気がする。(まあ、偏りがないといえば嘘になるけど、偏りって質を問われるとも思います。)
サブカルミーハーが、とりあえず読んどけばいい感じ!な雑誌のひとつだったと思う。それは価値的だと思う。
たとえば、CINRA.NETは確かに今の情報、期待の新人とかの情報で面白そうな人を血眼で捜している感じがするし、対談とかの独自コンテンツも増えてきて魅力的。これからのメディア。
だけど、あるチームとしての人脈の幅とか、歴史とか、その人たちが作るコンテンツの深さとかはSTUDIO VOICEだったなー。ディスク100選とかの細かい字をウキウキしながら読む時代は終わったのかしらん。やっぱりちょっと寂しい。すぐ、慣れる。
蓮沼執太が、自分のサイトで、月に一回音源を配信している。the baysもそうだし、そういう流れなのかしら…?


僕が、大学受験の論文対策でよく流行っていたのが、紙媒体とweb媒体の住み分けや、今後をどうするか?みたいな話で、安直に、「紙は紙、webはwebで残るし、それぞれの良さを生かし合っていくべき」みたいな模範解答だった気がするんだけど、それから数年経って、軒並み雑誌が廃刊、休刊した。

■みらい
こないだニコ動で、心臓とネットをつなぐデバイスを作ってみたというのがアップされていて、

毛細血管の赤外線吸収量から、血流の変化を検出し、Twitterに生命活動を投稿する

ってやつなんだけど。そういえば昔、友達と超大容量のHDを背中に背負ってスカウターみたいなのをして、自分の視覚情報を一日分全部デジタル化するっていうデバイスを考えている人がいるんだって、アハハハハ!とか言ってたんだけど、全然現実化しています。カプセル型の胃カメラに尾ひれがついたらしいよ。
そのうち、トランクケースに、ソーラーパネルをつけて、生活機能の最小限をトランクにつめて電源さえあれば、自活できるようなシステムとか作られると思う。情報や労働は、小型PCにイーモバイルをつけて、あるいはiphoneで。座りたい時用に撥水性のあるテンピュール座布団。簡易洗濯機の小型化が進み。寝るときはネカフェがあるし。黒川紀章よろしくのカプセルタワーのように、ネカフェが電源供給地になる。伊東豊雄の「東京遊牧少女の包(パオ)」やFINAL HOMEの思想は、今になって急に現実味を帯びて、なおかつそれを超える形で、「普通」になってきている。軽くSFだったことなんか、実際には、簡単に起こっているのだなーというのが実感。

エンドレス・エイトが終わらないらしい。京アニ、なに考えているのかね…。